別所哲也の結婚や嫁、子供は?現在の活動や経歴・学歴

俳優

映画祭を主催している俳優の別所哲也さんの学歴や経歴は?

俳優になったきっかは?

結婚歴や嫁、子供は?

ハリウッド映画で映画デビューしましたが、現在の活動は?

気になったので、俳優の別所哲也さんについて調べてみました。

別所哲也の学歴・経歴

名前   別所哲也
生年月日 1965年8月31日
出身   静岡県島田市
身長   186cm
血液型  A型
所属   パシフィックボイス

父親、母親、3歳年下と8歳年下の妹の5人家族。父親は銀行員、母親は美容室を経営。

父親は単身赴任もあり、母親も働き、面倒をみてくれていたのはおばあちゃんで、大のおばあちゃん子でした。

小学校は島田市立島田第四小学校、中学校は島田市立島田第二中学校を卒業。

両親に勉強しろと言われたことは1度もなく、子供の頃はピアノやそろばんを習っていました。

スポーツは野球をやっていて、ポジションはファースト。

小学6年生の頃にサンフランシスコに住んでた親戚から送られてきた絵葉書がきっかけで、アメリカや英語に興味を持ち、父親の英検1級用のテープを意味はわかりませんでしたが、楽しんで聴いていたといいます。

中学時代はバレーボール部に所属。身長は中学3年間で20cm伸び、入学時の162cmから182cmになっています。

自由な環境で育てられやりたいと思ったことはやらせてもらっていましたが、中学3年の時には海外ホームステイを両親に頼んだ時は、唯一許してもらえなかったといいます。

進学した高校は藤枝東高校。

静岡県藤枝市天王町にあり男女共学の県立高校で、偏差値は66。

高校時代もバレーボール部に所属し、3年間バレーボール漬けで、県大会ではベスト4に進出。国体の強化選手にも選出されました。

3年の夏にバレー部を引退した時に成績は下の方でしたが、夏休みから夏期講習に通い成績上げ、大学は慶應義塾大学・法学部法律学科(偏差値68)に合格。

大学では英語を学ぶために英語サークルの「ESS」に所属。

大学入学後は、英語を使って世界を飛び回る職業に就きたくて、外交官とか商社マンなどになりたいと漠然と思っていたといいます。

大学在学中に俳優デビューし、卒業後は俳優に専念しました。

別所哲也が俳優になったきっかけは?

別所哲也さんが俳優に興味を持ったきっかけのは、大学の英語サークルの「ESS」でした。

「ESS」はドラマ、ディベート、スピーチ、ディスカッションの4セクションがあり、体を動かしたり、何か表現するのが好きだった別所さんはドラマセクションを選択。

英語習得のために始めた英語劇でしたが、技で自分の感情が動いたり、それを観てお客さんの表情が変わる新鮮で面白かったそうです。

「大学3年生の頃、僕もまだちょっとしたモラトリアムにいて(笑)。企業の肩書きだけじゃなくて、自分の表現で人の心を動かしたりできる仕事に就きたいと、青臭くも思っていたんです。」

引用 https://www.kikoku-benricho.com/

将来について考えた時、当時はバブルの真っ只中でただ就職先が決まっていく様子に違和感を覚え、3年生の時に1、2年で芽が出なければ諦めると決めて、俳優の道に進みました。

別所哲也 ハリウッド映画で映画デビュー

1987年、大学在学中に、ミュージカル「ファンタスティックス」で俳優デビューし、1990年公開のハリウッド映画「クライシス2050」のオーディションに応募し合格し、ハリウッドデビュー。

唯一の日本人キャストでした。

新人でしたがギャラギャラは10万ドル(当時のレートで約1400万円)、撮影中は毎日の生活費として45ドルの日当も支払われたといいます。

撮影では日本で学んだ英語が通じなかったり、現地の俳優の演技に圧倒されたそうです。

ハリウッドに残りたくて、現地でオーデションを受けましたが、

「お前は空手ができるか?」

「日本人のくせに背がでかすぎる」

などと言われて、仕事は決まらず帰国しました。

1991年の映画「波の数だけ抱きしめて」に出演し、

第15回日本アカデミー賞・新人俳優賞

を受賞。

翌年の1992年4月から放送された「真夏の刑事」(テレビ朝日)でドラマ初主演。

1996年からは丸大食品のCMに出演。

CMの中で呼ばれた「ハムの人」として知られ、2006年まで出演しました。

別所哲也の現在の活動は?

別所哲也さんは1999年から日本発の国際短編映画祭「アメリカン・ショートショートフィルムフェスティバル」を主宰。

2004年には、新進若手映像作家の育成目的で東京都との共催になり「ショートショート フィルムフェスティバル アジア(SSFF ASIA)」の名称に代わり、同年に米国アカデミー賞公認映画祭にも認定。

2015年には第9回アジア・フィルム・アワードで、審査員を務めました。

現在も「ショートショートフィルムフェスティバル」の代表を務めています。

俳優としては、2020年代以降は舞台の出演が増えています。

別所哲也の結婚歴や嫁

別所哲也さんの結婚歴は1度です。

再婚や再婚相手で検索されていますが、離婚経験はなく再婚はしていません。

結婚したのは2009年、43歳の時でした。

嫁は1歳年下の日系アメリカ人の女性。

別所哲也さんが「クライシス2050」に主演したと時にお世話になったホストファミリーの娘さんで、出会った時はアメリカの大学生でした。

当時はほとんと会ったことはありませんでしたが、大学を卒業して日本企業に就職してから友人関係になり、37歳の頃に交際に発展。

長く友人関係でしたが、一人旅にいって美味しい食事を食べた時に「一緒に食べたいな」と思ったことで、告白したといいます。

彼女には以前から別所哲也さんの好意を持っていて、「ずっとラブコールを送っていてた」「あなたは鈍感だった」と言われたそうです。

別所哲也の子供は娘

別所哲也さんの子供は娘が1人で、2009年7月に誕生しています。

生まれた時は約1100グラムの超未熟児で、医師には、

「1週間、生命がもたなかったら、それがこの子の命の長さだったと思ってください」

と言われたそうです。

3カ月、NICU(新生児集中治療室)に入りましたが無事に退院し、1歳の誕生日を迎えた時には普通の子と変わらない体重になっていたそうです。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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