藤井隆と嫁の乙葉の馴れ初めは?子供は何人?学歴や経歴は?

藤井隆さんは大阪府出資院のタレント。

学歴や経歴は?

結婚していて嫁はタレントの乙葉さんですが、馴れ初めは?

子供は何人?

気になったので、タレントの藤井隆さんについて調べてみました。

藤井隆の学歴・経歴

名前   藤井隆
生年月日 1972年3月10日
出身   大阪府豊中市
身長   173cm
所属   吉本興業

藤井隆さんは大阪府豊中市出身。

父親、母親、兄の4人家族。

父親はタクシー運転手。

母親は洋裁の仕事。

2人兄弟の弟で兄は7歳年上。

小学校は豊中市立南丘小学校

中学校は豊中市立第九中学校

高校は西商業高校

大学には進学していません。

大阪育ちですが子供の頃から特にお笑いには興味がなかったそうです。

西商業高校は大阪府大阪市にある男女共学の公立高校。

偏差値は54。

商業科は1994年に廃止され、現在は西高校の名称になっています。

高校時代は応援団に所属しながら、アルバイトもしていたそうです。

アルバイトはうどん屋やゴルフ場の球拾い、百貨店など。

百貨店のアルバイトは阪神百貨店で、あえて「学生禁止」のアルバイトに応募。

接客のテストで学生でない他の応募者より優秀だったのと、「顔が学生的ではない」という特別理由で採用されたそうです。

アルバイトで稼いだお金で名画座に通っていたといいます。

藤井隆 高校卒業後は就職

藤井隆さんは高校卒業後、大学には進学せずの化学薬品会社に就職し、経理課で働いていました。

両親と7歳上の兄が仕事に行く姿を見ていたので「働く」ということに幼い頃から興味があり、高校卒業で就職したそうです。

職場の人達にはよくしてもらい、ありがたかったと話しています。

会社員として働きながら、ある日なんとなく受けてみた吉本新喜劇のオーディションに合格。

吉本新喜劇のオーデションを受けた理由については、

「正直それほど興味はなかったけれど、履歴書を書く手間もなくカジュアルだったので行ってみようかなと。」

引用 https://tenshoku.mynavi.jp/

合格後は、土日に講座があってサークルのようで楽しかったそうです。

藤井隆さん以外はお笑いに憧れて入ってきているので、お笑いへの熱が高く、発声練習なども真剣にやるとすごく面白いというのは藤井隆さんにとって発見だったといいます。

当初は会社は辞めるつもりはなかったと話しています。

会社では「海外の子会社の経理をやってみないか」ろ声をかけられるなど、徐々に責任のある仕事を任されるようにもなっていました。

しかし、1992年、吉本新喜劇プロジェクトへ入団後、エキストラやCM、吉本新喜劇の舞台と仕事は多く、テレビリポーターの仕事をきっかけに会社を退職。

「子どものころのことを振り返ると、もともと僕はスチールカメラマンになりたかったんです。会社員もタレントも、どちらもなりたいと強く望んだ職業ではなかったという意味では同じ。ただ、『タレントの仕事は一度あきらめたら再挑戦はできないだろう』という気がしたんです」

引用 https://www.rosei.jp/

藤井隆さんは芸人の道を選びました。

吉本に専念してからも仕事は順調にありましたが、藤井隆さんはそもそもお笑いの憧れではなく、なんとなく芸人に世界に入りました。

そのことが藤井隆さんを悩ませることになります。

周囲とのお笑いに対する温度差が広がり、2年で吉本をやめる決心をしました。

藤井隆 オランダへ

藤井隆さんは吉本を辞めた後、当時、兄が滞在していたオランダに渡りました。

オランダでは皿洗いのアルバイトをし、お金が入れば旅行をしていたとそうです。

しかし、実は吉本を辞めて1週間で後悔していたといいます。

吉本を辞める前日も7本ものステージがあり、そんな刺激的な日々がすぐ懐かしくなっていました。

自分は恵まれた状態だったのに、自分のお笑いへの熱の低さを理由に辞めたのは愚かだった思い知ったといいます。

そんな藤井隆さんでしたがあっさりと吉本に復帰します。

辞める時にマネージャーに居所は知らせてと言われていたので、旅先から常に絵はがきを送り、帰国するとお土産を持っていったところマネージャーに、

「ちょうど良かった。明日CM撮りだよ」

と言われいきなり復帰。

藤井隆さんはさすがに芸人には戻れないと思っていたそうで、実は大道具などのスタッフとして使ってもらおうと思っていので、びっくりしたそうです。

藤井隆さんはこの幸運に芸人として覚悟し、自分は恵まれているんだと自覚したといいます。

藤井隆 オカマキャラでブレイク

吉本新喜劇に戻って間もなく、ハイテンションなオカマキャラを演じ、一気にブレイクを果たしました。

MBSで放送されたいた「超!よしもと新喜劇」でもオカマキャラを演じ、声援は凄まじく「HOT!HOT!」のギャグをする時には観客から手拍子までも起きたといいます。

1999年10月、27歳の時、ココリコと共に初の冠番組「フジリコが日本テレビ系列で放送開始。

同月から「笑っていいとも!」にレギュラー出演し全国区の人気を獲得しました。

2000年3月、浅倉大介さんのプロデュースによるデビューシングル「ナンダカンダ」をリリースし28.7万枚のセールスを記録。

藤井隆さんはこの曲で、

第51回NHK紅白歌合戦

に出場。

同年の

日本有線放送大賞新人賞

も受賞しました。

2001年に放送を開始した、テレビ朝日系の「BEST HIT TV」ではマシュー南というキャラクターで司会を務め、人気を集めました。

近年は大河ドラマ「真田丸」、TBSドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」に出演するなど俳優としても活躍しています。

藤井隆と嫁の乙葉さんの馴れ初めは?

藤井隆さんとタレントの乙葉さんが結婚したのは2005年7月。

乙葉さんは藤井隆さんの9歳年下。

結婚時、藤井隆さんは33歳、乙葉さんは24歳でした。

馴れ初めは「笑っていいとも」の忘年会。

2002年に缶コーヒーのCMで共演し、翌年の2004年1月に放送された日本テレビ系の藤井隆さん主演ドラマ「乱歩R」で共演。

乙葉さんは1話のゲストでした。

「笑っていいとも」の共演者の関根勤さんに「藤井くんは誰が好き?」と聞かれ、ファンとしての意味で好きだった「乙葉ちゃんが好きです」と答えたら、別の曜日のレギュラーで忘年会に参加していた乙葉さんを「お話したら?」と呼んでくれたそうです。

それまではロケで一緒だったりしたことはあってもあまり話したことはなかったそうで、その時に改めて話をすることができたそうです。

その後、バラエティ番組で共演した時、照明さんが乙葉さんの照明を作っている時、羽根が頭に直撃。

その時、周囲が青くなるほど騒然としたそうですが、乙葉さんはニコニコと笑顔で「大丈夫ですよ」とむしろミスしたスタッフに気を使い、文句ひとつも言わずに収録に参加。

それを見た藤井隆さんは、

「こんなに人気なのに天狗にもならないなんて素敵な人だ」

と惚れたといいます。

藤井隆のネット噂のプロポーズ

藤井隆さんのプロポーズは、結婚の1年前に乙葉さんが、

「私、藤井さんと結婚したいな」

と言ったんだそうです。

藤井隆さんはその時、

「今、お互いが忙しくなって来ているから気持ちが変わるかもしれない。だからもし一年たってもお互いの気持ちが変わってなかったら僕からプロポーズさせてください」

と言ったそうです。

そして、1年後、乙葉さんが

「私は一年前と気持が変わってません。藤井さんは?」

と尋ねると、藤井隆さんは、

「僕は気持が変わってしまいました」

と答え、乙葉さんが動揺し、泣きそうになっているところに、

「僕は一年前よりもっと、好きになってしまいました」

とプロポーズしたといいます。

このプロポーズの真相を2021年5月、麒麟・川島明さんがラジオでゲストの藤井隆さんに聞くと、

藤井隆さんは大筋で事実を認め、麒麟・川島明さんに

「『僕はもっとあなたのことが好きになってしまいました』って名言ですよ!」

と言われると、

「言ってるなあ……。バシーンって決めてるなあ……(笑)。」

と答えました。

2015年には、「いい夫婦の日 パートナー・オブ・ザ・イヤー」を受賞しています。

藤井隆の子供は何人?

藤井隆さんと乙葉さんの子供は1人。

子供は娘です。

2007年10月に誕生しました。

藤井隆さんは娘の子育てで、娘が小さい頃から子供扱いはせず、ひとりの人間として意見を尊重していたといい、乙葉さんはそんな藤井隆さんの姿に気づかされることが多かったと話ています。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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