志垣太郎の妻・嫁は元女優?子供は息子で俳優?若い頃の画像は?

タレント

志垣太郎さんは東京都出身の俳優。

志垣太郎さんの妻・嫁は元女優。

子供は息子で俳優。

志垣太郎さんの若い頃は?

気になったので、志垣太郎さんについて調べてみました。

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志垣太郎の妻・嫁は元女優?

志垣太郎さんは1985年6月2日に結婚。

妻・嫁は元女優の白坂紀子さん。

白坂紀子さんは1958年1月10日生まれ。

志垣太郎さんの7歳年下。

結婚した時、

志垣太郎さんは33歳。

白坂紀子さんは26歳。

千真・嫁の白坂紀子さんは1979年21歳の時、TBSの児童向番組「夕やけロンちゃん」に2代目アシスタントとして出演。

同年、テレビ朝日系のドラマ「幽霊湖の花嫁」で女優デビュー。

翌年の1980年にはアシスタントを務めた「夕やけロンちゃん」の「今週の歌」として「ドリーム・ブリージン」でエピックソニーより歌手デビューしています。

志垣太郎さんと白坂紀子さんの出合いは1982年、白坂紀子さんがレギュラー出演していたTBS系の時代劇「水戸黄門 第13部」の10話に志垣太郎さんがゲスト出演ししたこと。

志垣太郎さんが一目惚れしたそうです。

志垣太郎の子供は息子で俳優?

志垣太郎さんの子供は息子。

名前は匠さん。

匠さんは1988年5月13日生まれ。

志垣太郎さんは1週間休みを取って出産に立ち会い、陣痛開始後57時間の難産だったそうです。

匠さんは5歳からクラシックピアノを始め、学生時、ピティナピアノコンクール優秀賞を受賞。

高校時代は聖歌隊に所属、大学時代は、軽音楽部に所属し音楽を続けており、現在もピアノを弾いているそうです。

匠さんは音楽だけでなく、幼少期から映画、お笑いなどのエンターテイメントが大好きで、自身もエンターティナーになりたいと思い、2013年に公開の奥田瑛二監督作品の映画「今日子と修一の場合」のオーディションを受け合格し「和音匠」の名前で出演。

匠さんの演じたケンイチは音大進学を目指していたため特技はピアノで、モーツァルトの「トルコ行進曲」、ショパンの「ノクターン20番」などの曲が弾けるという役。

同作品では匠さん自身が演奏したピアノ音源がそのまま劇中音楽として使われており、演奏シーンもすべて匠さん自身によるものだそうです。

当初はフリーランスで活動していましたが、後に父親の志垣太郎さんと同じオスカープロモーションに所属。

この時から、芸名を「匠」に変更。

2018年には特技のピアノで「芸能界特技王決定戦 TEPPEN」のピアノ部門に初出場し決勝に進出しています。

志垣太郎の若い頃の画像は?

志垣太郎さんの若い頃の画像。

志垣太郎さんの20代の頃の画像です。

左が匠さん、右が若い頃の志垣太郎さん。

志垣太郎 経歴

名前   志垣太郎
生年月日 1951年9月22日
身長   170cm
出身   東京都大田区
所属   オスカープロモーション

志垣太郎は東京都大田区生まれ。

父親は商社に勤務。

兄弟は兄がいる。

志垣太郎さんは子供の頃からテレビが大好きで将来はテレビに出る人になりたいと思っていたそうです。

中学時代は時代劇に感化され剣道部に入部し、中学3年生の時には東京都大会で個人戦4位入賞。

1969年、志垣太郎さんが高校在学中の時、芸術座の舞台「巨人の星」で主役デビュー

1970年、志垣太郎さんが19歳の時、NHKの大河ドラマ「樅ノ木は残った」でドラマデビュー。

1971年、志垣太郎さんが20歳の時、日本テレビのドラマ「おれは男だ!」で主演の森田健作さんのライバル役を演じ、甘い顔立ちから若い女性の人気を獲得し多くのドラマ、映画に出演。

1976年」、志垣太郎さんが25歳の時、東海テレビの昼ドラ「あかんたれ」で主役の秀松を演じ、演技が高く評価され、広い年代に認知され、志垣太郎さんの出世作となりました。

1980年代後半から、バラエティ番組にも進出し日本テレビのバラエティ番組「天才・たけしの元気が出るテレビ !!」など多くのバラエティ番組に出演。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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