松村雄基の子供は息子?祖母を介護するヤングケアラーだった?現在は書道家?氷川きよしとの関係は?

俳優

松村雄基さんは東京都出身の俳優。

経歴や学歴は?

祖母を介護するヤングケアラーだった?

嫁はいる?子供は息子?

現在は書道家?

氷川きよしとの関係は?

気になったので、俳優の松村雄基さんについて調べてみました。

松村雄基の学歴・経歴

名前   松村雄基
生年月日 1963年11月7日
出身   東京都
身長   178cm
血液型  B型
所属   オールスターズ・カンパニー

生まれて間もなく両親は離婚、さらに一家はバラバラになり、物心がついた時には、父方の祖母と2人暮らしでした。

祖母は詩吟の先生で、文京区大塚の2K風呂なしの都営アパートの4階に住み、生活は裕福ではありませんでしたが、食事に困るようなことはなかったそうです。

両親について祖母には、遠くで働いていると聞かされて育ち、後に父親とは会ったそうですが、母親とは会ったとこはありませんでした。

祖母は礼儀作法などには厳しかった一方で、甘えさせてもくれたことから、幼少期も親がいなくて寂しいと思うことはなかったいいます。

文京区立第一中学校2年生のときに、母親が芸能事務所の社長と知り合いだった同級生の女の子に社長を紹介され、会って見るとスカウトされ事務所に所属。

松村雄基さんは芸能界に興味は全くありませんでしたが、社長と会った祖母の、

「やってみてもいいんじゃない?」

の一言で、事務所の所属が決まったそうです。

事務所に所属後、中学3年生から「劇団俳小」のタレント育成コースで演技の基礎を学び、高校は東京都立板橋高校に進学。

2年のレッスンを経て、1980年9月、高校2年生のときにドラマ「生徒諸君!」(テレビ朝日)でデビュー。

デビュー後は都立上野高校・定時制に転校し高校を卒業しました。

1984年に、20歳ののときに「スクール☆ウォーズ」で「川浜一のワル」と称された不良・大木大助 役を演じ、人気を博しました。

30代以降は舞台、ミュージカルに出演するようになり、毎年数本のペースで舞台に出演しています。

松村雄基は祖母を介護するヤングケアラーだった

松村雄基さん祖母が脳梗塞で倒れたのは、俳優業が忙しくなってきた18歳のときで、祖母が当時68歳でした。

泊りがけの撮影に行く前日に倒れ、一命は取り留めたましたが、半身まひと言語障害の後遺症が残り、仕事と学校、介護にと追われる毎日が始まりました。

介護は近所に住む叔母と協力して、学校や仕事で家を空けるときには叔母が介護して、帰宅すると交代していたといいます。

介護よりも、思うように身体が動かずイライラした祖母と衝突するようになったことがつらかったと話しています。

当時は風呂がなかったため、祖母をおぶって4階から降りて、近所の銭湯に連れて行っていました。

翌日が撮影のときには、祖母相手にセリフの練習をしていたといい、当時は不良の役が多く、祖母に向かって「バカヤロー」や「コノヤロー」といっていましたが、笑って聞いていてくれたといいます。

21歳で祖母と共に風呂のあるマンションに引っ越し、同じマンション内に稽古部屋を借り、セリフの練習をするようになって3年たった頃に、警察から「祖母を保護している」との連絡を受けました。

祖母は松村雄基さんがいなくなってしまったと思い、探してに出て戻れなくなっていて、後から思えばこの頃に認知症も発症していたといいます。

もう1人にできないと思いましたが、その後も2年間はヘルパーの手も借りながら頑張りましたが、祖母がほとんど寝たきりになったこともあり限界が訪れ、叔母一家に同居を頼み、叔母と叔父、従妹との5人暮らしを始め、叔母と叔父の3人交代で母の隣に布団を敷いて寝て、数時間おきに体位交換やオムツ交換をしていました。

認知症が進み、気に入らないと子供のようにダダを駄々をこねる祖母にショックを受け、叱りつけてしまうこともあり、自己嫌悪に苦しみながら介護を続けましたが1年後に、身内なので感情のぶつけ合いになってしまうことから限界を感じ、特別養護老人ホームへの入所を決断。

悔しさや情けなさなどの葛藤もありましたが、祖母に話すと、

「いいよ。おばあちゃん行くよ」

と優しく言ってくれ、背中を押されたそうです。

老人ホームに入ってからも、叔母は毎日、松村雄基さは3日に一度会いに行き、散歩や食事の介護を続け、入所から10年後の88歳の時に眠るように亡くなりました。

松村雄基に嫁はいる?子供は息子?

松村雄基さんには結婚歴はなく、嫁も子供もいません。

「息子」で多く検索されていますが、理由は不明でした。

1992年、29歳の頃には女優の川上麻衣子さんとの熱愛が報じられ、交際宣言もしていましたが、1996年頃に破局しています。

松村雄基 現在は書道家?

祖母に年賀状がうまく書けると褒めてもらっていて、頑張って書いていたのが書道の原体験で、30歳の頃にたまたま書店で、書家の大溪洗耳さんの著書を手にしたことがきっかけで、大溪洗耳さんの弟子だった五月女玉環にさんい弟子入りし、書道を始めました。

その後は、書道の師範試験に合格し、東京新聞社主催の第17回東京書作展では内閣総理大臣賞を受賞。

ファンクラブの会報には「手書き」でエッセイを書いているそうです。

40歳の頃には「役者として役に立つ」と言われたことから、自分で先生を探し「茶道」も始めています。

松村雄基と氷川きよしの関係は?

松村雄基さんと氷川きよしさんは2010年、「フライデー」に

「松村は氷川のマンションでたびたび”密会”」

と報じられました。

当時、松村雄基さんは46歳、氷川きよしさんは32歳。

会ったときはそのほとんどが朝までコースで、出会ったのは風間トオルさんの誕誕生日パーティとされていました。

報道を受けて氷川きよしさんは、報道を否定し、

「仲の良い先輩のひとりで、頻繁に会う時もあるし、まったく会わない時もある」

とコメント。

2014年にも「別荘での密会」と報じられ、松村雄基さんの所属事務所は、

「宿泊はしたが、氷川さんは友人の一人」

とコメントしました。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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