関根勉さんは東京都出身のお笑いタレント。
経歴や高校、大学などの学歴は?
結婚していますが、妻との馴れ初めは?
子供は何人?
ものまねレパートリーは?
気になったので、お笑いタレントの関根勉さんについて調べてみました。
関根勉の大学などの学歴・経歴
名前 関根勉
生年月日 1953年8月21日
出身 東京都港区
身長 168cm
所属 浅井企画
小学校・港区立高輪台小学校
中学校・港区立高松中学校
高校・東京都立八潮高校
大学・日本大学法学部管理行政学科
父親は高輪消防署に勤めていた消防士。
酒もタバコもギャンブルもやらない真面目な人だったそうです。
実家は父親が職場でクシャミをすると聞こえるほど、父親が働く消防署から近い場所にあったといいます。
4人兄弟の末っ子。
兄弟は兄2人と姉1人で、すぐ上の兄とも7歳離れていて甘やかされて育ったそうです。
母親が関根勤さんを溺愛し好きなものだけを作ってくれたこともあり、偏食がひどく、給食は非常に苦手だったそうです。
小学2年生の時、大正生まれの厳しい女性が担任になり、戦時中を知っていたからか給食を残すこと許さず、、毎日のように放課後、完食するまで教室に残されていたといいます。
小学6年になった頃、味に慣れたのか給食が食べられるようになったそうです。
小学校は港区立高輪台小学校、中学校は港区立高松中学校を卒業。
中学時代はバスケットボール部に所属。
ものまねに目覚めたのは中学2年生の時でした。
高校は八潮高校に進学。
八潮高等学校は東京都品川区にある普段所共学の都立高校。
現在の偏差値は45。
高校時代もバスケットボール部に所属。
大学は日本大学法学部管理行政学科に進学。
管理行政学科は現在は公共政策学科に改称されています。
大学時代は自動車部に所属。
自動車部は体育会系で、上下関係が厳しく上下関係観は大学時代の自動車部で培われたと話しています。
大学3年生の秋までは消防士だった父親の影響で、父親のような消防士になるつもりだったそうです。
ところが、テレビ番組に出演したこで芸能界入りをしました、
関根勉の芸能界デビューのきっかけ
関根勤さんが芸能界入りしたきっかけはスカウトでした。
関根勤さんは中学時代にものまねを始め、高校時代には文化祭でも披露。
大学時代、大阪の人気ラジオ番組「ヤングタウン」のオーディションを受け合格しましたが、大阪までの交通費が出ないと聞き辞退したそうです。
その後、お笑い好きの仲間4人と「目黒五人衆」を結成し都内でライブ活動をしていましたが、大学3年生の時に解散。
大学3年生の時にTBS系で放送されていた素人参加型の情報バラエティ番組「ぎんざNOW!」の番組内コーナー「素人コメディアン道場」に1人で出場。
番組ではものまね芸で5回連続勝ち抜き、初代チャンピオンの座を獲得。
そこで、審査員の1人だった浅井企画社長・浅井良二さんにスカウトされました。
当時はプロになろうとは思っていなかったそうで、答えを渋ってたそうです。
「次の日に事務所に行ったら、契約書にサインさせられちゃった(笑)」
引用 https://www.kk-bestsellers.com/
契約したものの当時は大学生だったこともあり、卒業までの一年半だけ所属するつもりだったそうです。
関根勉 芸能界デビュー後
関根勤さんはスカウトされ芸能界入りをしましたが、
「芸能界に入ってからの10年間はたいへんでした」
引用 https://www.city.minato.tokyo.jp/
芸能界入り後について、関根勤さんはちょっと街でケンカが強かったやつが、格闘技のリングに上がってプロにボコボコにされる感じだったと話しています。
モノマネやフリートークは通用せず、番組のアシスタントなどをしてもなに言っていいかわからなかったといいます。
芸能界入り後、1974年から1979年までチャンピオンになった「ぎんざNOW!」のレギュラーを務めました。
1978年12月から「ぎんざNOW!」の月曜総合司会を担当しますが、司会になってもきつかったとお話しています。
1977年から日本テレビ系のバラエティ番組「カックラキン大放送!!」に出演しすが、モノマネが全く受けず、半年ぐらいは関根勤さんの出演部軍はオールカットで、映っていたのはオープニングとエンディングだけだったそうです。
その後、同番組で「バカバカしいと思うなよ。やってる本人、大真面目!」と歌いながら披露する「カマキリ拳法」や「田村正和拳法」などのシュールかつ特異なネタが受けるようになり、1986年の番組終了まで9年間レギュラーを務めました。
1981年、同じ「ぎんざNOW!」内のコーナー「素人コメディアン道場」出身だった小堺一機さんと「コサキン」を結成。
1985年にはフジテレビ系の「笑っていいとも!」のレギュラーとなり、番組が終了する2014年まで、司会のタモリさんに次ぐ最長の29年間もレギュラー出演しました。
関根勉のものまねレパートリーは?
関根勤さんがものまねを始めたのは中学2年生の時。
母親がファンだった歌手の西郷輝彦さんの「星のフラメンコ」をまねしてみたのが最初だったといいます。
クラスでも披露すると、みんなゲラゲラ笑っていたそうで、それが嬉しくていろんなものまねをするようになったそうです。
関根勤さんのものまねレパートリーは100以上で、俳優、タレント、スポーツ選手と多岐多岐に渡っていいます。
有名なものは。大滝秀治・千葉真一・ジャイアント馬場・長嶋茂雄などで、これらは公認されています。
これらの人物のものまねは、それまでやり手のいなかった人物で次第に注目されるようになりました。
関根勉の妻との馴れ初めは?
関根勤さんの妻の名前は悦子さん。
年齢は2歳年下。
出会ったの関根勤さんが21歳の時。
成城大学の1年生だった妻が、自分の妹を連れて関根勤さんの友人の大学に演劇の手伝いに来たことで出会ったそうです。
関根勤さんは妻の当時、9歳か10歳の小さい妹を笑わせて手なずけて、こっそり姉の連絡先を聞きますが、聞いたとたん妹は大声で、「お姉ちゃーん! 関根さんが電話番号教えてってー!」と大声で姉を呼び、関根勤さんは「終わったな」と思ったそうです。
しかし、妻はニコニコして連絡先を教えてくれたそうで、それがきっかけで交際に発展したそうです。
関根勤さんは愛妻家で知られ「女房に片思い」「永遠の片想い」とも語っています。
関根勉の子供は何人?
関根勤さんの子供は娘が1人。
1984年10月に麻理さん生まれました。
31歳の時の子供です。
関根麻里さんは大学卒業後、父親の関根勤さんと同じ浅井企画に所属し芸能活動を開始。
2014年に韓国人歌手のKさんと結婚し、2015年11月に長女、2019年10月に次女が生まれています。
2021年10月のインタビューでは関根勤さんは孫から「ドゥドゥ」と呼ばれていると話しています。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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