荻野目洋子の現在は?結婚した旦那は?子供は?ダンシングヒーローで再ブレイク!

荻野目洋子さんは千葉県出身の歌手。

荻野目洋子さんの結婚しているのでしょうか?

旦那はどんな方?

子供はいるのでしょうか?

荻野目洋子さんはダンシングヒーローで再ブレイクしましたが現在は?

気になったので、荻野目洋子さんについて調べてみました。

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荻野目洋子 経歴

名前   荻野目洋子
生年月日 1968年12月10日
身長   160cm
出身   千葉県佐倉市
所属   ライジングプロダクション

荻野目洋子さんは千葉県柏市生まれ。

父親は国際労働機関の職員。

4人兄弟の末っ子。

6歳年上の姉、5歳年上の姉、2歳年上の兄

5歳年上の姉は女優の荻野目慶子さん。

荻野目洋子さんが小学校4年生の時、千葉県佐倉市に引っ越し。

荻野目洋子 小学生で歌手デビュー

同年、母親が応募して、テレビ東京の「ちびっこ歌まねベストテン」に出場。

同番組の出演でスカウトされ、同じ小学生の出演者の2人と3人組ユニット・ミルクとしてレコードデビュー。

2枚のシングルをリリース後、「ミルク」は解散し小学生時代の荻野目洋子さんの芸能活動は終了。

1977年、荻野目洋子さんが8歳の時、劇団に入って子役として活動していた姉の荻野目慶子の撮影現場についていった際に、子役のひとりがスケジュール合わなく来れなかったため、頼まれて、映画「獄門島」でスクリーンデビュー。

中学校時代は卓球部に所属し、2年生の時、団体戦のメンバーに選ばれ、市の大会で優勝。

1983年、荻野目洋子さんが14歳の時、映画「ションベン・ライダー」のオーディションを受けて落ちるも、それがきっかけで同年放送のフジテレビ系のアニメ「みゆき」のヒロイン若松みゆき役の声優に抜擢され、声優デビュー。

荻野目洋子 ソロデビュー

1984年4月、荻野目洋子さんが15歳の時、シングル「未来航海-Sailing-」をリリースしソロデビュー。

オリコン最高32位。

1985年11月、荻野目洋子さんが16歳の時、7枚目のシングル「ダンシング・ヒーロー (Eat You Up)」しオリコン最高5位を記録し初めてトップ10入り。

荻野目洋子さんは同曲で翌年の

第37回NHK紅白歌合戦

に初出場。

以降、1990年まで4年連続出場。

1992年にも出場し荻野目洋子さんは5回紅白歌合戦に出場しています。

野目洋子は結婚してる?旦那は?

荻野目洋子さんは2001年に結婚。

旦那は元テニスプレーヤーの辻野隆三さん。

辻野隆三さん1969年2月24日生まれ。

荻野目洋子さんと同学年。

結婚した時、

荻野目洋子さん、辻野隆三さん共に33歳。

辻野隆三さんは高校卒業後、アメリカに渡り指導を受け、1987年、18歳でプロデビュー。

1992年、1994年、1995年に松岡修造、山本育史と共にデビスカップ日本代表選手としてメンバーに選出され出場。

1994年アジア競技大会ではテニス競技に出場、ミックスダブルスで宮城ナナとコンビを組み、準優勝。

2003年に現役を引退。

現在はテニス解説者やテニススクール経営、日本テニス協会では現在、ツアー機構事業推進本部プロツアー委員長などをしています。

荻野目洋子さんと辻野隆三さんの出会いは高校生の時。

荻野目洋子さんと辻野隆三さんは堀越高校の同級生で荻野目洋子さんは芸能活動コース(現・トレイトコース)で辻野隆三さんは体育コースとコースは違いましたが、2人とも忙しく出席日数がたりなかったため受けた、高校3年生の時の補習授業で出会ったそうです。

荻野目洋子さんと辻野隆三さんは友人として、家族公認で交際を始めますが、事務所の社長の反対で別れましたが、14年後の32歳の時、共通の友人のレストランで偶然再会して再び交際。

その時、辻野隆三さんはバツ1でした。

荻野目洋子さんと辻野隆三さんは再会初日から3日連続でデートして3日目に婚約し翌年に結婚しました。

荻野目洋子に子供は?

荻野目洋子さんの子供は3人の娘。

2002年4月、長女

2004年3月、次女

2006年8月、三女

が誕生しています。

結婚後はしばらく新婚生活と育児に専念するため仕事を休んでいます。

荻野目洋子さんはPTAなどの仕事も積極的に参加しているそうです。

荻野目洋子 ダンシングヒーローで再ブレイク!現在は?

荻野目洋子さんは2017年「ダンシング・ヒーロー」を取り入れた芸人・平野ノラさんと、大阪府立登美丘高校ダンス部が8月、第10回日本高校ダンス部選手権夏の公式全国大会のビッグクラスで「バブリーダンス」で準優勝し、その動画が爆発的な再生数を記録しタコとで「ダンシング・ヒーロー」が再ブレイクしました。

このことについて、荻野目洋子さんは、

「平野ノラが出てきた時も、高校生たちのダンスも、何も聞かされてないから、ただビックリして、自分は本当に運がいいと思う」

と話しています。

同年の第59回日本レコード大賞では、立登美丘高校ダンス部と共に

日本レコード大賞 特別賞

を受賞しています。

荻野目洋子さんは2013年末頃から、音楽番組などに出演するようになり、「ダンシング・ヒーロー」が番組出演直後に音楽配信サイトにて1位を記録し、月間ランキングでも1位を獲得するなど話題になっていましたが、20017年の再ブレイク後の現在はやはり、かなり忙しくなっているようです。

現在の忙しさについて荻野目洋子さんはインタビューで。

『忙しさの種類が若い頃とは違うな、というのが実感としてあります。10代の頃の忙しさは「仕事でスケジュールが真っ黒」という感じでしたけど、今は“家庭+仕事”なので「家に帰っても休めない」という忙しさです。

でも、本当にありがたいことですし、こんなこと(再ブレイク)は奇跡だと思っているので、仕事のオファーをいただくたびに家族に相談して、「これはできるかな?」「この日はみんなスケジュールどうなってる?」って感じで、家族会議をしています。』

引用 https://news.yahoo.co.jp/

と話しています。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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