山崎育三郎さんは東京出身のミュージカル俳優。
大学などの学歴や経歴は?
元アイドルの安倍なつみさんと結婚していますが馴れ初めは?
子供は何人?
気になったので、俳優の山崎育三郎さんについて調べてみました。
山崎育三郎の学歴・経歴
名前 山崎育三郎
生年月日 1986年1月18日
出身 東京都
身長 177cm
所属 研音
小学校・港区立高輪台小学校
中学校・港区立高松中学校
高校・東邦音楽大学附属東邦高校
大学・東京音楽大学
父親は会社員で母親は音楽教師。
男4人兄弟の3番目で、一番上の兄が4歳上、2番目の兄が2歳上、弟は2歳下。
小学1年生の時、高輪クラブという地元の少年野球チームに入団。
ポジションはキャッチャーでしたが、ピッチャーとしても起用されたこともあったそうです。
小学4年生の時には低学年チームのキャプテンを任され、6年生の時には副キャプテンを務め、全国ベスト8の成績を残しました。
現在も野球は好きで、草野球チームを作って野球を楽しんでいるそうです。
中学時代は、ヤクルト古田敦也捕手に憧れて視力検査でわざと間違えて、検査結果で視力を落とし母親に頼んで眼鏡を作ってもらったといいいます。
視力が悪くないのに眼鏡をかけ続けたことで、視力が落ちたんだとか。
2001年4月、東邦音楽大学附属東邦高校声楽科に進学。
東邦音楽大学附属東邦高校は東京都文京区にある男女共学の私立高校。
偏差値は46。
高校入学後、留学経験のあった兄二人の影響をうけ16歳からアメリカズーリ州のあるノースカンティー・ハイスクールに1年間語学留学。
ミズーリを留学先に選んだのは、都会を避けた方が日本人に出会うことがなく、英語漬けの生活を送れるからという兄からの勧めがあったからだといいます。
留学先は田舎で通っていた高校2000人の生徒がいましたがはぼ白人の生徒しかいなく、高校で唯一のアジア人だったといいます。
当初は差別を受け孤独だったそうです。
アジア人であることをバカにされ続けるという生活が3カ月続きましたが、校内で開かれたダンスパーティで幼い頃からミュージカルでダンスの経験があった山崎育三郎さんは思い切ってその輪の中心に飛び込み、無我夢中であらゆるダンスを披露したところ、アメリカ人の生徒に大ウケ。
拍手喝采を浴び、以降は一躍学校の人気者になったといいます。
2003年6月に帰国し、同年9月より高校2年生2学期開始。
2005年4月、東京音楽大学声楽演奏家コースに進学。
大学2年生の時、ミュージカルのオーディションに合格したことで、同大学を中退しました。
山崎育三郎がミュージカル俳優になったきっかけ
山崎育三郎さんがミュージカルにであったのは幼稚園の時。
ミュージカル「アニー」を見て感動したそうです。
親にCDを買ってもらい何度もアニーの曲を聞き、耳コピーして歌っていたといいます。
山崎育三郎さんは当時、引っ込み思案で心配した母親が「自信に繋がれば」と歌のレッスンに通わせたそうです。
1997年の11歳の時には全国童謡コンクールにて審査員特別賞を受賞。
歌の先生からアルゴミュージカル「フラワー」のオーディションを勧められ受けたところ、3000人の中から主役に抜擢。
1998年、「アルゴミュージカル」に主演。
山崎育三郎さんは12歳でした。
当時は野球選手になることが夢でしたが、本番初日のカーテンコールの拍手に今まで経験したことのない、全身に鳥肌が立つような感動があり、ミュージカル俳優になることを決心したそうです。
以降は舞台・テレビなどに出演。
中学3年生の時、変声期を迎えるとオーディションに受からない日々が続き、絶望的な気持も味わったといいます。
師事していた歌の先生と母親からミュージカル俳優を目指すならラシックや声楽などの基礎を一から勉強することと助言をされ、中学3年生の夏休みから本格的に音楽系の高校に進学する勉強を開始。、
受験科目にピアノ演奏があったため猛特訓したため猛特訓したそうです。
2001年4月、東邦音楽大学附属東邦高等学校声楽科に進学。
アメリカ合衆国ミズーリ州にあるノースカンティー・ハイスクールへ語学留学時代の2003年5月、全米高校生クラシック声楽コンクールのミズーリ州大会にて上位入賞。
大学は東京音楽大学声楽演奏家コースに進学。
山崎育三郎 ミュージカル俳優デビュー
大学在学中の19歳の時、ミュージカル「レ・ミゼラブル」の日本初演20周年記念公演のオーディションにてマリウス役に抜擢。
大学を2年中途退学して、翌2007年の同公演でミュージカル俳優として正式デビュー。
山崎育三郎さんは「レ・ミゼラブル」が大好きで、一人「レ・ミゼラブルができるくらい歌いこんでいたといいます。
大学入学後、レ・ミゼラブルのマリウス役をどうしても演じたいために声楽科の友人を誘い、学生だけの「レ・ミゼラブル」を上演したんだとか。
29歳までに「レ・ミゼラブル」ののマリウス役、「モーツァルト!」のヴォルフガング・モーツァルト役、「ミス・サイゴン」のクリス役、「エリザベート」のルイジ・ルキーニ役と目標としてきた4作品への出演し、ミュージカルファンから「プリンス」の愛称で親しまれました。
2015年にから本格的にテレビドラマにも出演するようになり、同年10月からTBS系ドラマ「下町ロケット」に出演。
2017年、テレビ朝日系ドラマ「あいの結婚相談所」でテレビドラマ初主演。
山崎育三郎と妻の安倍なつみの馴れ初め
山崎育三郎さんと安倍なつみさんが結婚したのは2015年12月でした。
年齢は安倍なつみさんが5歳年上で、結婚時、山崎育三郎さんは29歳、安倍なつみさんは34歳。
馴れ初めは舞台での共演。
2011年7月に舞台「嵐が丘」で夫婦役で共演。
共演後すぐに交際に発展しようで、翌月の8月には熱愛が報じられています。
交際期間4年での結婚でした。
山崎育三郎の子供は何人?
山崎育三郎さんと安倍なつみさんの子供は2人。
2人とも息子で。
2016年7月に長男
2018年10月に次男
が生まれました。
山崎育三郎さんの子供とTOKIOの国分太一さんの子供は同級生で、山崎育三郎さんが休みが取れない時には、国分太一さんが山崎育三郎さんの子供をャンプに連れて行ってくれることもあり、家族ぐるみでの付き合いがあるようです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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