杉村太蔵さんは元衆議院銀。
結婚しているようですが、嫁はどんな人なんでしょう?
杉村太蔵さんの子供は何人?
大学などの学歴や経歴は?
気になったので、杉村太蔵さんのついて調べてみました。
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杉村太蔵の嫁は?子供は何人?
杉村太蔵さんは2006年5月に結婚しています。
嫁は元OLの風間文(かざまあや)さん。
馴れ初めは知人の紹介といわれています。
出会いは杉村太蔵さんが選挙に出る2005年9月より以前だそうです。
風間文さんは杉村太蔵さんの2歳年下、群馬県出身。
杉村太蔵さんは初対面で風間文さんに一目惚れし、初めてのデートで
「あなたはぼくのお嫁さんになる」
と宣言したんだとか。
交際期間は2ヶ月とスピード婚。
プロポーズは結婚の1ヵ月前だそうです。
杉村太蔵さん26歳、嫁の文さんは24歳での結婚でした。
杉村太蔵さんに子供は3人。
年齢は2020年に、
「私も子ども3人いますけど、中1、小学3年生、(幼稚園の)年中と。」
と発言しています。
杉村太蔵の年収、株式投資や資産は?
杉村太蔵さんの年収は2017年の報道では、
「年収1億円超」
とされています。
収入の内訳は、
「1億円の年収のうち、テレビ番組への出演料などでの収入は全体の3分の1程度で、それ以外の約7000万円は講演会などによる収入だという。」
引用 https://www.sanspo.com/
杉村太蔵さんの講演会のギャラは90分で80万円で年に72回も講演会を行っているそうです。
杉村太蔵さんはテレビや講演会のほかにも、株式投資で収入を得ています。
2011年のインタビューでは、
「実は僕が一番力を発揮できる仕事は金融なんです。自分でも株に投資していて、配当で家族を養っていますからね。」
と発言しています。
杉村太蔵さんは2014年に、
「バカでも資産1億円「儲け」をつかむ技術」
を出版。
4年で1億円の資産を稼いだといいます。
その資産で株式投資や資産運用も行っているようです
報道では株式投資は計算に入ってないので、杉村太蔵さんの年収は報じられている年収よりもさらに多い可能性が高いようです。
杉村太蔵の実家は?
杉村太蔵さんの実家は歯科医院。
北海道旭川市にある杉村歯科医院が実家です。
開業したのは杉村太蔵さんの祖父。
杉村太蔵さんの祖父も父親も歯科医という歯科医の家系。
現在は杉村太蔵さんの弟が院長を務めていあるようです。
祖父は地元の長者番付に載るような歯科医、父も歯科医で2人の弟は大学の医学部、歯学部で医師、歯科医を目指していました。
— 杉村 太蔵 (@taizo_sugimura1) December 6, 2018
杉村太蔵さんは曽祖父の職業だった弁護士を目指すために、歯科医の道は選ばなかったようです。
杉村太蔵の大学・学歴・経歴
名前 杉村太蔵
生年月日 1979年8月13日
身長 178cm
出身 北海道旭川市
杉村太蔵さんは北海道旭川市生まれ。
3人兄弟の長男で弟が2人。
高校は札幌藻岩高校を卒業
札幌藻岩高校は北海道札幌市南区にある男女共学の公立高校。
現在の偏差値は60
俳優の大泉洋さんも卒業生です。
杉村太蔵さんは高校時代はテニス部に所属。
杉村太蔵さんの祖父は、北海道にテニスを伝えた人物で、父親はの北海道の大会で優勝した経験があり、父親の影響で、杉村太蔵さんも小学4年生からテニスを始めていたそうです。
高校3年の時には、国体に出場年し、男子ダブルスで優勝。
大学は筑波大学体育専門学群にスポーツ推薦で入学。
大学では曽祖父が弁護士であったことから。弁護士を目指しし、体育専門の学群から法学専攻の第一学群社会学類法学主専攻へ転部を試みるも認められず、独学で勉強しますが司法試験に合意核は出来ず、大学も6年目で中退。
大学時代には衆議院議員だった鳩山由紀夫さんの事務所に働かせて欲しいと直談判し働いたり、スナックでアルバイトをしていたそうです。
スナックでは副店長になったといいます。
大学中退後は、オフィスビルの清掃員の仕事を始め、同僚は年配の人も多く、親しくなりのちに選挙事務所を手伝ってくれた人もいたそうです。
ビル内清掃で顔なじみになっていた外資系証券会社のドイツ証券の社員が杉村太蔵さんの仕事ぶり見て、ドイツ証券の入社試験を受けること勧められ、試験を受け契約社員として働くことになりました。
入社後は株式調査部に配属。
杉村太蔵さんは早くから出社し海外の市場を調査をしていたそうです。
2005年のある時、郵政民営化の動向を調査を指示され、自由民主党の公式サイトを見て政治家に興味を持ったそうで、候補者の公募をしていること知り応募。
公募に応募した理由は、一次審査の論文課題が自身が調査していた
「郵政民営化と構造改革について」
であったことから。
翌日に自民党から電話があり自民党本部に行き、その後、5度の面接を経て公募に合格。
杉村太蔵、衆議院議員に当選
2005年9月、郵政解散を受けて行われた第44回衆議院議員総選挙で、杉村太蔵さんは当初、自由民主党福岡県支部連合会から福岡1区出馬の推薦を取り付けましたが、自民党本部が難色を示し、最終的には、比例南関東ブロック35位での出馬になりました。
この選挙では自民党が圧勝し杉村太蔵さんも当選。
当時の最年少衆議院議員であったことから、メディアにに注目され、当選後インタビューで、
「早く料亭に行ってみたい」
「真っ先に調べたのは国会議員の給料。2500万円ですよ」
「念願のBMWが買える」
などの自由な発言を連発。
その後も、
「120%小泉チルドレンでございます」
「歩き方も分からないのでキッチリ派閥に入って勉強します、ハイ…」
と発言。
その後、小泉純一郎総理から『新人議員に派閥に入るな』との指示が出たことを聞かされ、
「…え、総理が派閥に入るなと!? 総理が!? 総理が仰るならその通りだと」
と発言しメディアで話題となり、軽率な発言が多かったことから、自民党幹事長から厳重注意を受け、後に記者会見を行い自身の発言について謝罪をしています。
派閥には入らず、当時幹事長だった武部勤さんの作った勉強会「新しい風」に入会。
しかし、2007年の自民党総裁選で「新しい風」で福田康夫を推すことで武部勤さんが話しをまとめたことに反発し脱会し、総裁選は麻生太郎さんに投票。
2009年の第45回衆議院議員総選挙では北海道1区からの出馬を自民党に公認申請。
公認が決定する前に、北海道1区からの出馬を表明。
しかし、自民党本部は別の候補を公認候補に決定。
杉村太蔵さんは、その後も無所属での出馬を模索していましたたが、最終的に出馬を断念しました。
2010年にはたちあがれ日本が第22回参議院議員通常選挙の比例代表候補に杉村を擁立すると発表し、杉村太蔵さんは自民党を離党し、選挙にでましたが、党の候補者9人中6位の31146票で落選しました。
選挙落選後は、テレビなどで独自の視点から政治を語る、
「薄口政治評論家」
として活動。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。